組合員の無関心は本当に悪いこと?
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【マンション管理の常識を疑え! 第1回】
マンション管理の「当たり前」を見直し、現実的で持続可能な管理組合運営を考えるシリーズです。
目 次
Toggle「組合員が無関心だから管理組合がうまくいかない」は本当か?
マンション管理の現場では、こんな声をよく耳にします。
「組合員がマンション管理に無関心で困っている」
「総会にほとんど人が集まらない」
「もっと管理組合活動に積極的に参加してほしい」
確かに、組合員全員がマンション管理に高い関心を持ち、積極的に活動してくれることは理想的でしょう。
しかし、私はマンション管理士として、また複数のマンションで理事長を務める立場として、以前から疑問に感じていることがあります。
「そもそも、組合員全員がマンション管理に高い関心を持つことは、本当に必要なのでしょうか?」
さらに言えば、全員が積極的に管理組合活動に参加するようになれば、本当に良い管理組合になるのでしょうか。
今回は、当たり前のように語られる「組合員の無関心=悪」という常識について、少し違った角度から考えてみたいと思います。
マンション管理への関心が高いほど、良い管理組合になる?
まず考えていただきたいのは、組合員全員が管理組合活動に積極的になった場合です。
例えば、50戸のマンションで、50人の区分所有者全員が管理に高い関心を持っていたとしましょう。
管理費はできるだけ安くしたい人。
資産価値を高めるために積極的に投資したい人。
修繕工事の品質を最優先する人。
管理会社を変更したい人。
現状の管理体制を維持したい人。
それぞれが自分の考えを持ち、理事会や総会で積極的に意見を述べる。
一見すると、とても理想的な管理組合のように思えます。
しかし、現実にはどうでしょうか。
意見がまとまらず、合意形成に時間がかかり、重要な議案がなかなか決まらない。
理事会は意見調整に追われ、役員の負担ばかりが増えてしまう。
そんな状況になる可能性も十分にあります。
もちろん、活発な議論や反対意見は重要です。異なる意見によって問題点が発見され、より良い結論につながることもあります。
しかし、「組合員の関心が高いこと」と「管理組合の運営がうまくいくこと」は、必ずしも同じではないのです。
総会への出席者が少なくても、管理評価は高得点
ここで、私自身が理事長を務めるマンションの実例をご紹介します。
私は現在、2つのマンションで理事長を務めています。
いずれも管理状態の改善に積極的に取り組んできた結果、マンション管理計画認定制度の認定を取得し、マンション管理適正評価制度においても、一方は100点、もう一方は92点という高い評価を取得しています。
では、これらのマンションでは、組合員全員が管理組合活動に積極的なのでしょうか。
実は、そうではありません。
総会に実際に出席する一般組合員は、役員を除くと、いつも1~3名程度なのです。
もちろん、委任状や議決権行使書を提出している組合員もいるため、実出席者が少ないことだけで、管理に無関心だと断定することはできません。
それでも、積極的に管理組合活動へ参加している組合員が多いとは言えないのが実情です。
では、なぜ高い管理評価を取得できているのでしょうか。
それは、一部の意欲ある役員が中心となり、管理会社と協力しながら、必要な管理改善に取り組んできたからです。
「良いマンション管理を実現するために、必ずしも組合員全員が積極的に活動する必要はない」
私は、この経験からそう感じています。
ただし、高い管理評価を取得していることが、管理組合運営のすべてに問題がないことを意味するわけではありません。
また、一部の役員の能力や努力に依存する管理体制には、別の問題もあります。
その点については、今後のコラムで取り上げたいと思います。
総会への積極的な参加が、必ずしも理事会の助けになるとは限らない
私自身の経験では、総会において厳しい反対意見を受けたことも少なくありません。
例えば、理事会で十分に協議し、事前にアンケートを実施したにもかかわらず、そのアンケートには回答せず、総会当日になって初めて強い反対意見を述べる方もいました。
また、理事会議事録などで検討経緯を周知していたにもかかわらず、総会で初めて問題提起されるケースもありました。
もちろん、組合員には総会で自由に意見を述べ、議案に反対する権利があります。
事前アンケートに回答しなかったからといって、反対意見を述べてはいけないわけではありません。
しかし、理事会としては、できれば検討段階で意見をいただきたいというのが本音です。
実際、理事会としては、総会への実出席者が増えること以上に、事前に議案を確認し、議決権行使書などによって意思表示をしてもらえることの方が、円滑な運営につながると感じる場面もあります。
ここでも重要なのは、参加人数の多さではありません。
「積極的に参加すること」そのものよりも、「適切な方法で意思決定に関わること」の方が大切なのではないでしょうか。
大規模修繕工事の談合も、組合員の無関心が原因なのか?
最近、大きな問題となっているのが、マンションの大規模修繕工事を巡る談合問題です。
2026年9月28日には、公正取引委員会が関東地区のマンション大規模修繕工事に関して、施工業者に対する排除措置命令や課徴金納付命令などを公表しました。
このような問題が発生すると、「管理組合が無関心だから不正が起きる」と指摘する声もあります。
確かに、管理組合が工事の内容や発注方法をまったく確認しなければ、不適切な契約を見逃してしまう危険性は高まるでしょう。
しかし、私は、この問題を単純に組合員の無関心と結びつけることには疑問を感じています。
そもそも、大規模修繕工事の談合を見抜くことは、専門家であっても非常に困難です。
仮に複数の施工業者から見積書を取得しても、その業者同士が事前に価格や受注予定者を調整していれば、書類だけで不正を見抜けるとは限りません。
私自身、マンション管理士として専門知識を持っていますが、理事長や修繕委員を務めたとしても、談合を完全に防げるとは思っていません。
ましてや、一般の組合員全員にそれを求めることは、現実的ではないでしょう。
本当に必要なのは、組合員全員が建築や工事の専門家になることではなく、適切な発注方法や利益相反の確認、専門家の独立性の確保など、不正のリスクを減らす仕組みを整えることです。
「組合員がもっと関心を持てば解決する」という発想だけでは、問題の本質を見失ってしまうのではないでしょうか。
「無関心」と「無責任」は、まったく違う
ここまで、組合員が管理に無関心であることは、必ずしも悪いことではないと述べてきました。
しかし、だからといって、区分所有者としての責任まで放棄してよいわけではありません。
私は、ここを明確に区別する必要があると考えています。
「無関心は許容してもよい。しかし、無責任まで許容してよいわけではない」
例えば、普段は管理組合活動に参加せず、理事会にも関心を持たない。
それ自体を問題視する必要はないでしょう。
一方で、管理費や修繕積立金を適切に支払うこと、管理規約などのルールを守ることは、区分所有者として当然に求められる責任です。
また、総会で重要な議案を決議する際には、議決権行使などによって意思表示をしてもらうことが望まれます。
私自身、過去に特別決議を必要とする議案で、議決権数が集まらず、審議・決議を進められなかった経験もあります。
このような状況は、管理組合の運営に大きな支障をもたらします。
もっとも、議決権を行使しなかった人を直ちに無責任だと決めつけるべきではありません。
管理組合側にも、議案を分かりやすく説明し、議決権を行使しやすい環境を整える努力が必要だからです。
重要なのは、組合員全員に高い管理意識を求めることではなく、区分所有者として必要な責任を、無理なく果たせる仕組みを整えることだと思います。
目指すべきは、管理を意識しなくても安心して暮らせるマンション
そもそも、多くの人は管理組合活動をするためにマンションを購入したわけではありません。
快適な住まいを確保したい。
便利な場所に住みたい。
安心して暮らしたい。
資産として保有したい。
購入する理由はさまざまですが、管理組合の理事や理事長として活動することを目的に購入する人は、ほとんどいないでしょう。
私は、マンション管理の理想とは、「組合員全員が管理に高い関心を持つこと」ではなく、「組合員が普段は管理のことをあまり意識しなくても、安心して暮らせる状態を実現すること」だと考えています。
もちろん、必要な情報はいつでも確認でき、問題があれば意見を述べ、重要な意思決定には関与できることが前提です。
また、管理組合の運営を担うのは、意欲ある組合員でも、外部のマンション管理士でも、管理会社でも構わないと思います。
それぞれのマンションの状況に応じて、柔軟に運営方法を選択できることが大切です。
そして、現在どれほど優れた理事長がいたとしても、その人がいなくなった途端に管理が立ち行かなくなるようでは、持続可能な管理とは言えません。
管理品質を100点に高めることよりも、一定の管理品質を無理なく長期的に維持することの方が、重要な場合もあるのです。
無関心な組合員を変えるより、管理の仕組みを変える
管理組合の運営がうまくいかないとき、私たちはつい、
「組合員の意識を高めなければならない」
「もっと管理に関心を持ってもらわなければならない」
と考えてしまいがちです。
もちろん、組合員の関心が高まること自体は望ましいことです。
しかし、それを管理組合運営の成功条件にしてしまうことには、無理があるのではないでしょうか。
仕事や子育て、介護など、それぞれに事情を抱えた組合員全員に、同じレベルの関心や活動を求めることは現実的ではありません。
私は、組合員の意識改革に多くの労力を費やすよりも、無関心な組合員がいても適切に管理できる仕組みを整える方が、はるかに建設的だと考えています。
「無関心な組合員がいるから管理がうまくいかない」のではなく、「無関心な組合員がいると管理がうまくいかない仕組み」こそ、見直す必要があるのではないでしょうか。
これからのマンション管理では、組合員の関心の高さに依存しない、現実的で持続可能な運営のあり方を考えていく必要があります。
組合員の無関心は、本当に悪いことなのでしょうか?
私は、必ずしもそうではないと考えています。
大切なのは、組合員全員を管理活動に熱心な人に変えることではありません。
「無関心を許容しながら、無責任は放置せず、誰かの特別な努力に頼らなくても適切な管理が続く仕組みをつくること」
それこそが、これからのマンション管理に求められる考え方ではないでしょうか。
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