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マンション管理組合の役員選任について、多くの組合員から聞かれるのが「うちは輪番制だから、特に問題ない」「順番に回ってくるから公平で、揉めることもない」という言葉です。

しかし、この「揉めていないから大丈夫」という認識ほど、危ういものはありません。

マンションは数千万円から数十億円規模の共有財産であり、その維持管理は本来、極めて高度な経営判断の連続です。 にもかかわらず、その意思決定機関である理事会の構成を、「順番が回ってきたから」という理由だけで素人に委ねている――この事実の重大さに、多くの組合員は気づいていません。

そして、表面的に何も問題が起きていないように見えるからこそ、水面下で進行する劣化に誰も気づかない。 これこそが、現代マンション管理における最大のリスクなのです。

本コラムでは、輪番制という制度の構造的な弱点を解き明かしながら、なぜ「公平に見える仕組み」が結果として管理組合を蝕んでいくのか、そしてそこから脱却するために何が必要なのかを、現場の実態に即して論じていきます。

輪番制とは何か――昭和の知恵が令和に通用するのか

輪番制とは、組合員が部屋番号順や階数順、あるいはグループごとに、一定の周期で機械的に役員を担う方式です。多くのマンションでは1〜2年の任期で順番に交代していきます。

この方式が広く採用されてきた背景には、それなりの合理性がありました。マンションが本格的に普及し始めた昭和後期から平成初期にかけて、居住者の年齢層は比較的若く均質で、価値観も「みんなで協力して住環境を守る」という町内会的な共同体意識が機能していました。役員のなり手を見つけるのも今ほど困難ではなく、輪番で回しても大きな支障は生じにくかったのです。

しかし、それから数十年が経過した今、状況は一変しています。

建物の高経年化、居住者の高齢化、賃貸化の進行、相続による所有者の不在化、管理費・修繕積立金の高騰、人手不足による管理委託費の上昇、外部管理者方式や利益相反規制をめぐる法制度の急速な変化――マンション管理を取り巻く環境は、ひと昔前とは比較にならないほど複雑化・高度化しています。

数億円規模の資産運用を、毎年素人が入れ替わりながら担う体制。これは一般企業で例えるなら、来年の取締役を社員の中からくじ引きで決め、しかも全員が経営の素人で、1年で総入れ替えするようなものです。冷静に考えれば、これほど危うい組織運営はありません。

「昭和の知恵」として機能していた輪番制が、令和のマンション管理に通用するのか――まずこの根本的な問いから、私たちは出発する必要があります。

輪番制が抱える5つの構造的問題

「機械的な公平」が「実質的な不公平」を生むパラドックス

輪番制の最大のパラドックスは、「公平を期すための制度が、結果として最も不公平感を生み出している」という点にあります。

現代の居住者の事情は、驚くほど多様化しています。深夜まで働く現役世代、共働きで子育てに追われる世帯、親の介護に直面する人、自身の健康に不安を抱える高齢者、転勤で長期不在になる人、賃貸に出して遠方に住む所有者、外国籍で日本語の意思疎通が難しい組合員――こうしたあらゆる事情を持つ人々が、「順番だから」という一言で同列に並べられ、機械的に役員に任命されていきます。

その結果、何が起きるか。

物理的に出席できない役員が増え、その分の負担は出席可能な他の役員にしわ寄せされる。「自分は苦労して理事長まで務めたのに、あの人は一度も出席しないのは許せない」という相互監視と不寛容の空気が広がる。役員になった当人も「やりたくないのに無理にやらされた」という被害者意識を抱え、他の組合員も「順番なんだから当然やれ」と冷たい目を向ける――。

形式的な公平を追求した結果、コミュニティに分断と不満を生み出してしまう。これが輪番制の第一の問題です。

「素人理事会」の意思決定がもたらす品質低下

マンション管理は、表面的な事務作業に見えて、実は極めて専門性の高い分野です。

建築・設備の知識、長期修繕計画の読み解き、各種契約実務、会計と税務、区分所有法と管理規約の解釈、保険、滞納対応、合意形成、近隣紛争への対処――これらが複合的に求められる総合経営活動です。一般企業であれば、それぞれの分野に専門の担当者を置くような業務を、輪番で選ばれた素人の理事会が、わずか1〜2年の任期で担うのです。

知識や経験がないこと自体は、責められるべきことではありません。普通に生活していて、長期修繕計画や管理委託契約に精通している人の方が少数派です。本当の問題は、知識がないこと自体ではなく、「知識がないまま、検証もせずに重要な判断を下してしまう」ことにあります。

管理会社から修繕工事の提案が出されたとき、その金額が市場価格として妥当かを判断できない。保守委託契約の更新時に、内容を精査せず自動更新する。長期修繕計画の前提条件を疑うこともなく、提示された数字を受け入れる。重要な議案であっても「専門家がそう言うなら」「前期もそうだったから」と前例踏襲で承認してしまう――。

このような意思決定が積み重なれば、管理組合は知らず知らずのうちに、年間数十万円、長期的には数百万円から数千万円規模の損失を蓄積していくことになります。建物の劣化のように目に見えるものではないため、誰も気づかないまま、確実に資産が流出していくのです。

「ただ座っているだけの理事会」の蔓延

輪番制で選ばれた役員の多くは、率直に言って、積極的に活動したい人ばかりではありません。「順番だから引き受けたが、できれば波風立てずに任期を終えたい」――これは人間心理として、極めて自然な反応です。

問題は、こうした消極的姿勢が理事会全体を覆ったとき、理事会が「議論する場」ではなく「ただ承認する場」に変質してしまうことです。

管理会社の担当者が議案を読み上げ、特に質問も意見も出ず、議事録には「異議なし、全会一致で承認」の文字だけが並ぶ。理事会の所要時間は30分程度で、形式的な進行だけが終わる――こうした「報告会と化した理事会」は、決して珍しい光景ではありません。

さらに深刻なのは、稀に問題意識を持った熱心な役員がいた場合に起きる現象です。他の消極的な役員との温度差に疲弊し、結局その一人に業務的・精神的負担が集中する。やがてその役員も任期満了で退任し、「もう二度と役員はやりたくない」と感じて去っていく。後任には再び消極的な役員が並ぶ――。

ここで管理組合にとって決定的な損失が生じます。それはノウハウが蓄積されないということです。毎年ゼロからのスタートになり、過去の検討経緯も判断の蓄積も失われ、同じような問題を何度も繰り返し議論することになります。組織としての学習機能が、輪番制によって構造的に破壊されてしまうのです。

「ババ抜き」と化す課題の先送り

マンション管理には、時として「耳の痛い決断」が避けられない局面があります。その代表例が、修繕積立金の大幅値上げ、管理委託費の見直し、管理会社の変更、管理規約の全面改正、滞納者への法的措置、迷惑行為への厳格対応などです。

これらはいずれも、住民から反発を受ける可能性があり、説明資料の作成や総会での厳しい質疑応答を伴い、場合によっては役員個人が不満の矢面に立たされる難題です。

ここで、輪番でたまたま役員になった人が、自分の1年の任期中にあえてこの火中の栗を拾うでしょうか。

もちろん、責任感を持って取り組む方もいます。しかし多くの場合、「自分の任期中にわざわざ波風を立てたくない」「もう少し情報を集めてから検討する」「次期理事会に引き継ぐ」という判断に流れがちです。

そして翌期の理事会も、また次の理事会も、同じ判断を繰り返します。「前期もやっていなかったのだから、今期だけ強行する必要はない」「もう少し様子を見よう」――こうして問題は3年、5年、10年と先送りされ続けます。

しかしマンション管理において、問題は時間とともに自然消滅することはありません。むしろ放置すればするほど深刻化していきます。修繕積立金の不足は、後で値上げ幅が大きくなるほど住民の反発も激しくなる。設備の劣化は、初期対応であれば安価に済んだ修繕が、放置すれば全面交換を要する事態になる。

そして最終的には、ある時点の理事会がすべてのツケを背負わされることになります。これが「ババ抜き構造」です。たまたまその年に順番が回ってきたというだけで、過去何期分もの先送りの責任を一身に背負わされる――こんな理不尽な構造を、輪番制は内包しているのです。

管理会社にとって「都合のよい」管理組合

ここまでは管理組合内部の問題として整理できますが、輪番制にはもう一つ、外部との関係における重大な問題があります。それは、管理会社にとって輪番制の形骸化した理事会は「理想的な顧客」になり得るという構造です。

誤解を避けるために申し添えれば、すべての管理会社が悪質だと言いたいわけではありません。誠実に組合の利益を考え、理事会以上に管理組合のことを真剣に考えてくれる担当者も数多く存在します。

しかし、構造として見たとき、ほとんど質問も精査もせず提案をそのまま承認してくれる理事会は、管理会社にとって極めて進めやすい相手です。管理委託費の値上げ、修繕工事の提案、追加業務の発注、契約内容の変更――これらが理事会で十分な検討なく承認されていけば、管理会社は労せず収益を確保できます。

ここで特に注目すべきは、近年の制度動向です。国土交通省は管理会社自身が管理者となる管理業者管理者方式について、利益相反の観点から非常に厳しい目を向けており、規制の網は確実に絞られてきています。標準管理規約の改正、ガイドラインの整備、適正化法の運用強化――まともな管理会社ほど、自ら管理者となる方式では慎重な対応を取らざるを得なくなっています。

しかし、ここに大きな盲点があります。形骸化した理事会方式は、ある意味で管理業者管理者方式よりも見えにくい問題を抱えているのです。

管理業者管理者方式であれば、管理会社が決定権者であることが明確で、利益相反への注意も向きやすい。外部からのチェックも機能しやすい。ところが形骸化した理事会方式では、外形上は「組合員による自治」が行われており、「適切に理事会で審議・承認された」という議事録が残ります。

この外形が、管理会社にとっては盾になります。提案した工事や契約が後に問題になっても、「理事会決議を経た正当な手続き」という形式が整っているため、利益相反の追及をかわすことができる。ガイドライン違反を問われるリスクも低い。

「理事会方式だから安心」とは限らないのです。理事会が主体的に判断していなければ、それは実質的には管理会社による意思決定であり、しかも責任の所在だけが管理組合側にある状態――これが、形骸化した輪番制理事会の本当の姿です。管理会社にとって、これほど「ありがたい管理組合」はありません。

輪番制の本質的な問題――「責任の希薄化」

ここまで5つの問題を見てきましたが、その根底に共通するものは何でしょうか。それは「責任の希薄化」です。

「自分は今年だけだから」「詳しいことは前の理事会が決めたことだから」「来年の理事会に任せればよい」「管理会社が提案しているのだから問題ないだろう」――これらの言葉の共通点は、いずれも自分が当事者ではないという意識です。

マンションは区分所有者全員の共有財産であり、管理組合はその共有財産を守るための組織です。本来、組合員一人ひとりが当事者であり、役員はその代表として職務を担う立場です。

しかし輪番制が「順番に当番が回ってくる仕組み」として運用されると、役員は「代表」ではなく「当番」に格下げされます。当番である以上、責任は限定的で、終わればお役御免。次の当番に引き継ぐだけ。こうして責任は誰のものでもなくなり、管理組合全体が「誰も責任を取らないシステム」へと変質していきます。

これが、輪番制が管理組合を悪くする本当の理由です。輪番制それ自体ではなく、輪番制によって生まれる当事者意識の喪失こそが、真の問題なのです。

では、どうすればよいのか?――輪番制を超える発想

ここまで読んで、「では輪番制を廃止して立候補制にすべきか」と思われたかもしれません。しかし話はそう単純ではありません。立候補制を採用しても誰も手を挙げず、結局成り手不足に陥ったマンションも数多くあります。

重要なのは、輪番制か立候補制かという二者択一ではなく、輪番制の弱点をいかに補うかという発想です。実務上、以下のような工夫が考えられます。

役員選任方式の柔軟化

すべての役職を機械的に輪番で決めるのではなく、理事長や会計担当など重要な役職については、立候補や経験者継続を優先する。希望者がいる場合はその意欲を尊重し、輪番はあくまで補充的な位置づけとする。

継続性の確保

全員1年で総入れ替えではなく、半数改選制を導入する、あるいは経験者を「監事」や「専門委員」として継続的に関与してもらう。意欲と能力のあるコアメンバーを定着させ、ノウハウの蓄積を担保する。

外部専門家の活用

マンション管理士、弁護士、建築士などを顧問やアドバイザーとして招聘し、管理会社の提案を第三者の目で検証できる体制を整える。理事会が素人集団であることを前提に、その弱点を専門家で補う発想です。

重要案件の専門委員会化

大規模修繕、管理規約改正、管理委託契約見直しなど、理事会の単年度任期では検討しきれない重要テーマについては、専門委員会を設置して複数年にわたる継続検討を可能にする。

役員報酬制度の検討

「無報酬のボランティアだから責任を持てない」という構造を変えるため、適切な報酬を支払い、責任の所在を明確化する。これは賛否の分かれる議論ですが、検討に値する選択肢です。

「公平に見える」を超えて「実際に機能する」管理組合へ

輪番制は、表面的には公平で、波風の立たない穏やかな制度に見えます。しかしその穏やかさは、しばしば「思考停止」と「責任放棄」の上に成り立っています。

何も問題が起きていないように見える管理組合の水面下で、建物の劣化、資金の枯渇、管理会社への過剰な利益供与、ノウハウの喪失といった「見えない負債」が静かに膨らみ続けている――こうしたケースを、私たちは数多く見てきました。

これからの管理組合に求められるのは、「公平に見えること」ではなく「実際に機能すること」です。

誰が役員になるのか。どう引き継ぐのか。どう専門知識を補うのか。どう管理会社をチェックするのか。大きな課題を先送りしないために、どんな体制を作るのか――こうした問いに、各管理組合は真剣に向き合う必要があります。

「うちは輪番制で平和に回っている」という認識は、もしかすると、ただ気づいていないだけかもしれません。

公平の仮面の下で、あなたのマンションは確実に傷んでいるかもしれない。

その可能性に目を向け、輪番制という安心毛布を一度手放して、本当に必要な管理体制とは何かを考えること。それが、多くの管理組合において、いま一度見直すべき時期に来ているのではないでしょうか。

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